2016年4月30日土曜日

レストランの出来事 (アメリカ ロス編)

私自身、アメリカには何度も行っているが、そのきっかけになったのが、若い時に勤めていたある外食チェーン。その会社のおかげで、アメリカに行くことができたのですが.....。
その当時、マネージャークラス以上は必ずアメリカ西海岸に食べ歩き研修があり、参加させられ、ありとあらゆるものを食べてこなければならず、内容は.....。
ハンバーガーショップやフィッシュアンドチップス、タコベルのようなファストフード。
デニーズ、ビッグボーイのようなコーヒーショップレストラン、
またその当時すでに有名どころとして知られていたローストビーフのロウリーズといったディナータイプのレストランも含まれていた。
デニーズもビッグボーイもアメリカ西海岸発祥です。


大体一日のノルマは午前午後昼間の部として、
ハンバーガーショップ5件以上
コーヒーショップ系 2件程度
ディナーレストラン 1件
この内容が毎日のように続く研修メニュー。そしてレポート提出。お遊びでなく、かなりハードワークな研修だった記憶がある。
一日目、食べすぎでぶっ倒れる者が....。 
こんだけの件数を消化するのに、若さに任せて、けっこうまともに食べるのだから、たまらない。
しまいには胃薬を飲み飲み食べる者まででる始末。
二日目からは要領がわかり、ふた口程度にとどめ、次の商品へ。 そんな状況でも流石に連日は拷問の域。 仕事なんだからと言い聞かせながら、食べるもその夜私自身も思わずダウン。
でも食べすぎではなく、初めてのアメリカでの緊張が一気に解けた感じで天井が回り始め何と扁桃腺が腫れ高熱でダウン。 
翌日は一人ホテルでお留守番を仰せつかる事が出来たので、正直嬉しかった。
でも医者にいく事をせず、バファリンを飲み、奨められたリステリン(このときはじめてバファリンとリステリンという名前に出会う。何てまずいうがい薬なんだ!アメリカ人の味覚は絶対おかしい!)で一時間毎にうがいをして過ごしたおかげで、たった一日で熱も下がってしまう。(しょうがない!あと二日の辛抱だーっ!)  
そしていよいよ最終日のディナー。
今、赤坂にもロウリーズがあるので知っている人もいるとは思うけど、30年以上前からロスでは、ディナー(プライムリブ・ローストビーフ)レストランとして知られていた。勿論ディナータイプのレストランなので、ジャケット・タイ着用。実際に着席しているゲストも着飾っている。土地柄、女性のドレス姿も結構華やか。
そしてここでの課題は、......。全部たべること。プライムリブがお勧めとの事であった。
今の日本の店と決定的に違うのは、リブの重さである。 正確な記憶でなくてすみませんが、概ね 
クイーンズ カット   500g
キングス カット    750g
ダイアモンド カット 1000g
わかりますーぅ? 重いでしょ! そう多いのではなく重いんです!
当時のアメリカ人には、ダイエットなどと言う言葉はまだ存在していないんです!
さて、いよいよ何をチョイスするかが問題です。 勿論全額会社持ちです。
となると若さに任せてここぞと例のダイヤモンドカットになるわけです。小さいのは許されません!
(そしてこのチョイスが数名に悲劇をもたらします。)


セット内容はメインの肉のほか、スープ、サラダ、ポテト、グラタン
そして最後のデザートへと続いていきます。 
まず、スープ。 
コーンポタージュ。 フレンチのそれと違って、全うな量が出ます。それを平らげると
お次はサラダ。 
大きなステンレス製のボールには野菜がてんこ盛りで全員ちょっと引き気味。
ドレッシングをその場でかけてそれぞれにシェアしてくれます。小分けしてもやはり1人前が山盛りサラダ。
お次に待ち構えているのは皮付きのベイクポテト。大人のゲンコツを二つ並べたくらいの巨大なやつ。こんがり焼けている。バターをのせて皮ごとたべるようにとの事で、バターも切ってあるものでなく、1ポンドそのままがテーブルにドデーン!と鎮座している。  
果敢にトライしているのにこれでもかと付け合せのグラタン。 ここまででやっとメインのお迎え準備が整ったことになる。


そして、いよいよメインのお出まし!
圧さ約5センチ。メインの皿いっぱいにおかれた肉。もはや肉塊。
こうなると声も出ない! 奮闘の結果。完食0人 半食5人 3分の1 1人。でもディナーはまだ終わらずデザートタイムを迎える。  
今のアメリカも変わってはいないけど、なんであんなにアイスクリームが好きなんだろう。 
女性が甘いものは別腹っていうけど、牛みたいに別腹がないと絶対食えない。
当時の日本ではハーゲンダッツみたいな脂肪分たっぷりのアイスなんか食べてなかったのに、アメリカでは甘さも含めコテコテくりーむ。 こんな状態なのに、アイスクリームをサービングする係り曰く。
『日本人は、小食だ』って。  
違うだろーッ! あんたらの量が異常なんだわー!絶対異常!
.......。その後トイレを汚してしまったやつを私は知っている........。


このとき私の心の奥底でこんな声が聞こえたような......『アメリカに戦争で勝つ訳ないな.......。』




次回はアジアに飛んで狗肉火鍋です。





フリートーク(旅の必需品)



なんといっても、この『BOSEミニ』 全長17-8センチのミニながら、びっくりするほどの重低音。
他のメーカーも買ったけど、音質はこのミニを聞いてしまうと比較にならないくらい。
Bluetoothなので機器との接続はいとも簡単。別に宣伝料貰ってるわけじゃないけど、海外へ出ると
どうしてもお気に入りの音楽と過ごすことで、リラックスするのでは。 絶対おすすめ。





外でも聞きたい!と言う人には、ワイヤレスが絶対。
コードの絡まりもないし、結構高音質。私はこの『オーディオテクニカ』なるイヤーフォンでNature Music音楽をかけ、プールや海で半身だけつかり、好きな本を日がな読みふけっています。






そして、自分の好きな一冊の本
漫画でも、文庫でも日ごろ読みたいんだけど....読む機会が無くて....。
そんな人は是非よんでみたら?
(私は最近この本。中国ウン千年のエッセンスみたいな本。現代でも勿論生かせるヒントが詰まってる。)
ガイドブック片手に、そのガイドブックとの『検証旅行』から卒業して日常の自分と違うところで、自分を見つめてみる。なんて。どうでしょうかねー。
また、知らない土地で知らない人とのコミュニケーションも大切な思い出に.....。




2016年4月29日金曜日

ふれいくたいむ(何で猫語がわからニャいのー?)



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必死に中へ入れてーっ!てネコ語で訴えるにゃんこ
しまいには怒っちゃいます。
でも、飼い主さんは
『What? ......Don't you HISS said to me?』
なーに? 私にヒステリーおこしてんの?って
すごーいコミニケーションです。


エジプトの出来事② (ポッポッポー はとポッポー♪)

夕暮れ時のカイロ到着。入国を済ませクループが集まると流暢な日本語でみんなを集めている女性が....。 どうも私たちの現地添乗員らしい。よく外国人が話す癖のある日本語と違って、言葉だけを聴いていると全く日本人の発音なので、外国人(エジプト人)と思えない位、実に流暢に日本語を話しているのでびっくり。
『ダリアさん。日本語はどこで勉強したの?』
『はい、自己流なんですぅー。』
『日本へは行ったことあるんでしょ?』
『いいえ、それが無いんです。行ってみたいんですけど.....。日本語はドラマのビデオとか見て覚えました。』  
グループの人達も、流暢な日本語にびっくりしている。きっとすごい努力をしたんだろうと思う。


そんな彼女に先導されていよいよツアーがスタート。 
旅程はカイロから、南はアブシンベル、アスワン、王家の谷、ルクソールまでめぐる。点在する観光スポットをほぼ網羅する形なので結構ハードワークな旅。 (王家の谷では気温50度を体験!)




小グループなので例の一日ショートカットしてしまったロスを感じさせず、順調に観光スポットをこなしている。でもこの暑さは狂気の沙汰としか思えない?ような。熱光線に体をギュっとつかまれるような痛い暑さは........。水をこまめに飲まないと死ぬと言われ、飲んでいるけど持っているボトルがすぐぬるま湯になってしまうくらい。もはや未知の体験状態。
それでもあら不思議。日陰に入ると実に涼しい。湿度が低いせいでこんなに暑くても汗が出ない、と言うか出る前に蒸発してしまう。(流石死の谷、だからミイラが持つわけダー)   
エジプトの古代史に全く興味ない私ではあったけど、それなりに楽しむことが出来た.....。
でもねー。ちょっと食べ物がねー。 美味しくないというか、日本人客を考えてのことなのか、都度セッティングされている料理がどこと無く西洋風にアレンジされている。 味覚にうるさい日本人の悪い癖だけど、モニターツアー客としてはせっかくエジプトまで来てるんだから、本格的なエジプト料理が食べたーいっ!みんな同じように感じていたみたい。
(個人的には、別途評判のレストランで地元料理を食べてみたが、実に美味しい。)
そこで全員のリクエストに応えたのか、有名なレストランに案内してくれると言うことに......。
何を食べさせてもらえるかは着席するまで誰も知らなかったけど、美味しければそれでよしっ!
レストランに到着。石造りのゲートをくぐり、両脇が壁になっている通路へ。
エントランスは更にその先にあり、エジプトらしい雰囲気が漂っている。 
丁度その両壁面にはどういうわけなのか15センチくらいの横穴か30個以上空いている。 
 
『あっ!穴の中に鳩がいるーっ!』  ポッホ゜ー ポッホ゜ー
『こんだけ暑いから避難場所じゃないのー?』  ポッホ゜ー ポッホ゜ー
『伝書鳩飼ってるのかもー』  ポッホ゜ー ポッホ゜ー
『面白い入り口だよねー!』  ポッホ゜ー ポッホ゜ー
『でもねー、鳩の糞がねー。ちょっと臭うよねー』  ポッホ゜ー ポッホ゜ー


客席に着席するとダリアさんがニコニコしながら大きな声で....
『今日は鳩料理でーす!』


『.............まっ、まさかさっきの............。』


全員のリアクションが見事に一致してしまった。そりゃそうでしょ!さっきの鳩が......。  
コレには流石のダリアさんも慌てた。
『鳩がだめな人ーっ?』
一人を除く全員が一斉に手を挙げる。 手を挙げた人に、全員の視線が向けられる....。
『だって...せっかくだから....。』  
やさしいっ! っていうか何て残酷なーっていうか。みんなの視線を受けて困っている。 
挙手の結果、その一人を除き全員が鳩料理の名店に来て、なんと魚料理を食べることに....。


贅沢というか、わがままな日本人の本性を、きっとダリアさんはその後のツアーでも活かしてくれていることでしょう。 楽しいツアーに感謝!





2016年4月28日木曜日

エジプトの出来事① (添乗員はつらいよ..)

エジプト航空のキャビンアテンダントをしている友達から連絡があった。
エジプト航空として、ツアーのモニターを募集しているけど参加しないか?と言うものであった。
10日間のスケジュールでお遊びではなく、後で判ったけど、参加者には元ANAのパイロット、旅行雑誌編集者や旅に関わる業界の人達の参加がほとんど。
誘ってくれた人を知ってはいるものの、業界に関係ない部外者は私くらい。 
もともとエジプト自体に興味がなく、ピラミッドくらいは見てみたいけど高いしー。(この当時の一般ツアー代金45万くらい)このレベルなので、行ってみようと思ったのも、どちらかと言えば、知人のお誘いで代金もメチャクチャ安い!(3分の1程度)のが魅力であった。


まあそのくらいだったら行っても損はないかなー。と言う不心得な動機であった。
フライトは勿論エジプト航空。私たち以外のグループツアーのお客さんが結構搭乗している。
そのグループの世話をする添乗員さんも、フライト前の機中を忙しく動き回っている。
ツアーの添乗って知りもしないけど、傍から見てて本当に大変だなーって思う。特に海外では経験と知識も勿論、様々なスキルが必要でしょう。 中には私みたいなわけわかんないのも絶対いるはず。ほんと大変ですよねー。  
何でこんな事書いたかと言うと、この数時間後に大変なことが起こってしまうのです。それは、
なんとエンジントラブル。 
飛行中、機長の緊急アナウンス
『当機はエンジントラブルのために、緊急着陸します。』
ドキッ!墜落かーっ!一瞬よぎったものの機体自体、変な動きはしていない。
何とか滑走路が見えてきた。もう間もなくだ。


着陸地はフィリピンのマニラ。 無事着陸した時に、第2回目のアナウンス。
『当機はただいま、メンテナンスを行っています。修理が終わるまで、そのままお待ちくださいますよう。』
その後何回も機内アナウンスがあるものの内容は変わらない。
私たちツアーグループの元パイロットも
『フィリピンかー。部品があれば良いけどー。けっこう時間がかかるかも.....。』
まさにこの言葉が的中してしまった。機内で2-3時間待ってから最終的にあったアナウンスが
飛行機を降り、宿泊施設へ移れと言うものだった。考えれば大変なことで、飛行機1機分の乗客を避難させる訳だから、とんでもない事態。この時の一般ツアーの添乗員さん(30名位のグループ)の引きつっていた顔は未だ記憶に残っている。
一方、モニター組みは添乗員もいない替わり、エジプト航空ダイレクトも手伝い、小グループ(10名くらい)なので、ホテル行きのバンが来て、お先に失礼!っていうことでさようなら。
翌日の朝に修理も完了し(部品は日本から取り寄せしたとのこと)で出発することに。
飛行場につくと、例の添乗員さんがお客さん相手に動き回っているので、悪いとおもいつつ声を掛けた。
『大変だったでしょー。 少しは休めたの?』
『寝てないんですよー.....。』
ほんと、大変な仕事ですよねー。
『このトラブルで日程が変わってしまったので、スケジュールを組みなおさなければー....。』
どうも1日かっ飛ばしてしまうわけにはいけないらしい......。ホントたいへんだわ。


この後、この別団体さんとはしょっちゅうお目にかかることとなった。




飛行機は紅海の上空(上空から見る景色の中で私はここが一番すばらしいと思う!)を通過し、やがて着陸態勢に。その日の夜、無事カイロに到着することが出来た。


エジプトの出来事② (ポッポッポー はとポッぽー♪)へ続く。









ぶれいくたいむ(知らないもん!)



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やばっ!野菜を食べたのが見つかっちゃうニャー!

2016年4月27日水曜日

銚子からバリ島へ の出来事 (不思議な出会い)

今の住まいは千葉県の山武。と言ってもそれ何処❓という位場所がわかりにくい。
周りには写真のとおりなんも無く、チョーパノラマ状態が広がっています。
どこかって敢えて説明するとすれば、九十九里浜のほぼ中央に面していると言うと想像できるかなー。簡単に外房の海に行けてしまう自然に恵まれた場所でいいところです。
仕事で疲れても、美味しい魚や温泉が癒してくれる、そんなところでもあります。
東京の深川生まれにとっては、今の状況はある意味理想であったのかも知れませんね。
自宅から海に向かって

この日も何時もの様に銚子の魚を食べ、帰りに温泉に入るという予定で出かけたんです。
食事を終え、犬吠埼灯台の近くにあるホテル(京成犬吠崎)の温泉で日帰り入浴。何時ものパターンです。でもこの日は何時もと違って、意外な出会いが待っていたんです。


海が見渡せる大浴場に浸かってボーっとしていると、一人のジーサマが入って来ました。
『お湯は熱いですか❓』他の人に声を掛けている。  でも聞かれた人は無視しています。『………』
一人二人同じようにやり過ごしている。なんで日本人は年寄りにつれないんだろ。
ただのジイさんが聞いてるだけだから返事くらいしてあげればいいのにって感じ。
私も日本人だからよくわかるけど、外国人と違って他人とのコミュニケーションが下手。良く言えばシャイ。悪く言えば無関心。そしてこのジーサマいよいよ私の前に。
『湯加減はどうですか❓』
『ちょうどいい塩梅ですよ。』
ただの話好きのジイさんじゃないかと思いながら、何気ない会話。
ところがこのジイサン、会話のあちこちで横文字が飛び出す。 なんか変。 それも横文字のときの発音はネーティヴ。そしてあっという間に話題は第2次世界大戦の話へもつれ込む。 
ジーサマだから詳しくても当たり前かー。でもあまりにも詳しすぎる! それも日本側ではなく、アメリカ側の内幕の話。 なんか私がそそられてきてしまった。
話をそらして思わず聞くことにしてみる。
『今日はどこから来たんですかー?』
『はい、今日はインドネシアのバリからきました。』(なにーっ もしかして日本人じゃない?)
『あさって出版の仕事があってアメリカへ行くんですが、時間が中途半端だったので相談したら、業者の人が銚子を奨めてくれたんですよー』(仕事でアメリカー?) 
とこから見ても全くの只の日本人のジーサマなのに。逆にわたしの好奇心に火がついてしまった。 
『国籍はどちら?』
『はい、United States  て゛も生まれはモンゴル。』.......あーっやっぱり.......
『今はバリに住んでます。』
『バリはどこですか?』
『ウブドというところです。』 えーーっ!   このジイサンどうも只者ではない感じがしてきた。
『ウブドではなにしてるんですー?』
『ホテルをやってます。ミッチーリトリートっていうホテルですけどね。』 
ホテルのオーナーかいーッ!
『アメリカで出版の打ち合わせって、執筆もしてるんですかー?。』
『そっちが本業みたいなもんですよ。』
****この時点でもう湯あたり状態**** 風呂から出てホテルのレストランで話のつづきをすることになった。

生い立ちから始まって、まさにその生き様は波乱万丈そのもの。ただのジイサンと思っていた人がこんなすごい人とめぐり合うなんて思ってもいなかった。(写真はホテルの一部)
話は延々5時間にも......。
『カキヌマさん。 私には子供がいない。 もうこの年だし、バリのホテルを経営してくれないだろうか.....。』
実際に話はこんなことまで行ってしまった。その後、バリのウブドのはずれにある彼が経営しているホテルへ遊びに行ったこともあるけど、人の縁って解らないことだらけ。実に不思議だと思う。
ホテル経営は、私も仕事を辞めて現地へ行く勇気も無かったので丁重にお断りしたが、現地バリでは『ドクタークン』(クン先生)として有名な人。
偶然とは言え素敵な出会いでした。
クン先生いつまでもお元気で。










 

2016年4月26日火曜日

エバーグレース゛の出来事 (拍手喝采!)

フロリダにパートナーと一緒に遊びにいったときのこと。いつもは友人の住んでいるTanpaに宿をとっていたけど、フォートローダーデールへ。ハワイを静かにしたような上品な町並み。金持ちが余生を送るようなイメージそのままの街でフロリダの中でも実に美しい場所です。



近辺にはたくさんの観光地もあり、遊ぶには事欠かないところです。アメリカ人にとってはハワイ同様、リタイアしたらフロリダにというのもうなずける場所ですね。
このとき、なぜフォートローダーデールなのかと言うと、ダライラマ14世の講話と関係するのですが
この話は省略させてもらうとして、エバーグレース゛に観光に行ったときの事です。
エバーグレース国立公園は巨大な湿地エリア。日本で名前が出てくる場所だと思います。
ボートの後ろの部分に巨大な扇風機があり、深度が浅い湿地のようなところでもスイスイ進めるボートで湿地エリアを観光できたりします。(湿地に生息するワニや野鳥がそのまま見れる)

このときもアメリカ人観光者ばかりでアジアンは私だけ。フロリダではどうもディズニーへいってしまうのかしら.....。
乗船客も徐々に増え満席になり、そろそろ出航。小さな子供のいる家族連れも何組か乗っている。
その内の一組の家族に5歳ほどの男の子がいた。 お父さん、お母さん、お兄ちゃん、そして彼であった。でもこの子、お母さんにわがままを言っている。
『おみやげを買ってくれなきゃイヤダー!』だんだん声がでかくなり、しまいにはわめき始めた。
『イヤダー!買ってくれなきゃイヤダー!』もう船の全員に聞こえている。 
どうなるかなーと思っていたらこのお父さん。やおらこの子を船から降ろしてしまった。
そしてこの子に
『いいか、お前がわがままをいい続けるんだったら、パパはここでおまえと留守番している。もうこの船には乗れないんだ。この人達はお前のためにみんな待ってくれているんだよ。
見てごらん?みんなお前の事が心配で見ているだろ? もしお前がわがままを言わないで静かにするってパパに約束してくれるんだったら、パパもお前との約束を守ろう。 どうする?』
勿論船長も出航を待ってくれている。そして乗客全員がこの親子の会話の結果を見守っていた。 

小さくうなづいて『.....わかった。』

乗客全員から拍手喝采!
今の日本人に是非見てもらいたい光景だった。




香港の出来事(スター誕生?)

それは中国返還を数年後に控えた香港での出来事でした。
『来週香港で能楽の公演があって、同時解説をする仕事でいってくるからねー。』
本来家にいる予定でいたけれど、パートナーからこんな話がありすぐ行動してしまう悪い癖が...。
香港で日本の能楽かー。香港の人達はどんな反応をするのかなー?見てみたいなー
っていうことで、早速行動。自分のフライトチケットとを先ず確保。宿泊先はJWマリオットという外資系のホテルを無事手配。5つ星のゆったりしたホテル。今まで結構香港は遊び歩いていたので、プールサイドでの読書ときめこんで出発するつもりでいた。
パートナーは仕事仲間とのフライト予約であったけど、わたしが話しをすると、1日2日早い一緒の日にフライトが変更出来るか聞いてみるということに。 でも私はキャセイ。パートナーはJAL。
10分差くらいのほぼ同時到着予定。
ホテルのリムジンも予約してあるので、飛行場で待っていればいいか位に考えていた。
そして先ず私が先に到着。入国を済ませ、フライト情報を確認すると...JALの到着予定が何と2時間もずれている!リムジンの運転手からも
『どうしましょう?』 そうだよねー。2時間も待ってられん! 行っちゃえー!っていうことで、ジャガーの12気筒に乗り込み先にホテルへ。 チェックイン後、シャワーを浴びてルームサービスで食事中、電話が入ってきた。 やっぱり怒ってる....。怖えーっ!
『なんで先に行くのー! 何で待ってないのー!』
っていってもねー。2時間待つなんて私には出来ましぇーン。タクシーでいらっしゃい。タクシーで。
私がリムジンを勝手に使ってしまった事が腹立たしいとの事。 
到着後は暫くうるさかったけど、なんとか無事に。でもいまだにその話を思い出すことが.......。
それでも数日後には、パートナーは仕事仲間の到着と同時に指定されたホテルへ移動。
今度のホテルの設備が何とかで とか文句を言っている。(そりゃそうてしょ!あんたは仕事で来てるんだからしょうがないでしょー。こっちは自費で来てるんだよー。自費で。自分のホテルにエクゼクティブラウンジが無いからってブーブー言ってんじゃないよー!)
特にリゾートでない高層ビル群の中にあるプールで、飲み物を飲みながらの読書三昧も格別!格別!。
ところで、私自身海外へ出向くときには必ずといっていい程、和服を持っていきます。何故かはこれからの別な機会でばらしますけど、この時も着物、羽織を着るために持参していました。
特に日本の伝統文化を代表するようなお能の公演、その演目も羽衣という、能を少しでも見たことがあれば知っているような代表演目て、それもこのブログで名前を出せないような方の....となれば、着物姿で出かけようという思いで持ってきていたのでした。 勿論パートナーのコネを使っての『特別招待客。VIP扱い。』ジーンズっていう訳には.......。


ところで着物を着ると、どうしても歩きにくいのが難点。そんなに長く歩いてられませーん。
公演会場まで2キロくらいのビミョーな距離だけど、香港ですから当然ムッとした暑さ。
そこでまたリムジンの予約を入れておいたのですが........。
当日、時間になってホテルのフロントから
『リムジンが到着しております。どうぞお越しください。』
ドアマンにドアを開けられると、そこに待っていたのは、なななんと!
あのずーっと長ーい長ーい白のリムジン。 白の手袋と帽子をかぶった運転手が車のドアを開けて待っています。今は日本でもよく見ますが、このときは........。
車にのってドライバーに
『こんなでかいのいらないのに.....』
『いま適当なリムジンが全て出払っていてこの車しかないんです。』って。  
まあこんな車に乗ることも早々ないので馬鹿でかいリムジンに揺られることごくわずかで会場の入り口へ到着。名前は忘れてしまったけど香港***芸術中心とか何とか。
入り口から10段ほど階段を上ると会場入り口になっているつくり。 
すでに会場の階段で入場待ちのお客さんが並んでいる。
運転手には車内で先にチップを渡すと、
『お迎えは何時でよろしいでしょうか?』とのことで、また来てくれるつもりでいる。チップ次第っていうことだったのねー。 
そして車のドアを開けてくれ、会場の『招待客専用入り口』へ向かうことに。
馬鹿でかいリムジンから和服姿の日本人男性が一人降りてきた。目立たないわけが無い!
『ああ着物ー!』『あの人誰ー?』『日本の俳優じゃないの?』いろんなことを脇で言っているのが聞こえる。 会場に入ると、知らない人からも話しかけられる。
そうかスターみたいに注目されるのはこんな感じなんだーって勝手に思いながらも会場の中へ。 中では香港在住のアメリカ人の友人と香港人の友人が、その様子を見ていたらしい。




『久しぶりー!着物がいいねー!流石だよー!』




なんだ着物だけかいっ!






















 



2016年4月25日月曜日

北京の出来事(13億分の1)

『ラストエンペラー』という映画を覚えてます❓ジョンローンが愛新覚羅薄儀という清朝最後の皇帝を演じた作品。音楽も坂本龍一だったようなー。
この映画を観て単純に、ああ紫禁城を絶対見たい❗️この眼で見たい❗️という事で出発。
一般的に中国では英語も通じないという事で、添乗員さんがいる北京ツアーを選択し、当日, 成田のツアーデスクに到着。 ボーデイングパスをもらって機中へ。 本当にアッと言う間のフライトで、えっもう着いたの❓そんな感じを受けた。
そして入国審査を受け、ツアー集合場所へ行くと、手に⚫️⚫️ツアーと看板を持った人がいたので近寄って行くと.......
『カキヌマサン  コンニチハー。 ワタシ  テンジョウイン ノ チョーデス。』
中国訛りだけれど解りやすかった。でも待てよ❓何で私の名前をこの人はわかったのか❓
『張さん❓何で名前がわかったの❓』すると。
『今回のツアーはカキヌマサン1人。だから貸し切り。好きなとこ行けるよ❗️』
ちょっと待てー❓ツアーって最低催行人数って決まっているんじゃない❓そもそもツアーキャンセルの連絡も受けて無かったし。でも考えるとラッキー。専属通訳ガイド付きな訳だから。 ホテルに着くと早速翌日からのツアー行程を全く無視してブリーフィング。 本当はぜったいいけないことなんだろうけど。 勿論メインは紫禁城。あと特別にお願いしたのは『本場の京劇鑑賞』あとはおまかせ。勿論食事も楽しみに。
『カキヌマサン1人だから、乗用車で案内するよ。貸し切りね!』
ああなんてラッキー!お陰でこのツアーでは、日常の事から、政治的な事までその当時の中国人が考えたり、思っていることを聞く事が出来て非常に興味深かった。
今の北京からすると全く想像もつかない位、当時はチャリンコ全盛期。それもウジャウジャ。乗用車を持っている個人は少なかった。  だから張さんを質問攻めに…。
北京市内にある北海公園を散策中に...
『張さんの今やっている仕事は、給料どこから出るの❓』
わたしは不躾にもこんな質問をしてみた。すると
『ガイドはアルバイト。 本当は学校の先生。 家内も同じ先生。今の中国人はみんな副業をやってますよ。』
『それって結構高収入じゃないの?』
『いやいや、安月給ねーカキヌマサン。あそこに公園内の売店があるでしょ? 牛乳とか、パン売ってる人。あの人達も公務員。教師やっている私も公務員。全く同じではないけどアルバイトしなければたいへん。子供の教育費がすごく高い。都心部に住んでる人は大変です。』
北京で教師をしていて、外国語も話せる。どちらかといえば、エリートである人。そんな人だからこそ内情もフランクに話をしてくれたのでした。
ツアーもなるべく人の少ない時間を狙って紫禁城をみたり(実際にあの広大な敷地の中でたった一人ということが起きた!コレはもはや至福のときであった。) 京劇もVIP席で梅蘭芳のお弟子さんの演目(覇王別姫)
を見ることができたり....。(でもこの当時に中国では一般の人は京劇には無関心になっていたらしい。)
こんなすばらしい体験をさせてくれたのだから、張さんに何とかお返しがしたい。そう思い、ホテルのフロントから仿膳飯荘(ホウゼンハンソウ)という宮廷料理の店に予約を入れてもらいました。
今でこそ知っている人も、実際に行かれた人もいることでしょう。倣膳飯庄は80年の歴史を持つ中国国内最初の宮廷料理レストラン。でもその当時と違うのは、中国人は入れなかったんです!
そんなことと知らず、到着。
『張さん!今日はあなたにお礼をしたい。だから一緒に食べましょう!』
張さん、はたと困って支配人と話をしている......。私はそんなこととも知らず、張さんを促す。
何とか交渉がうまくいったみたいで、その後席へ。  私は当時の一番高いメニューを選んで、
楽しい食事を、また、張さんにお礼ができると喜んだだけだったのだが.....。
どうも張さんの様子がおかしい....。  宮廷料理が次から次へと運ばれてくる。
『どうしたの張さん。食べよー』『......』うつむいたまま箸をつけてくれない。
『カキヌマサン 有難いです。でもね、カキヌマサンが今日頼んだ料理の金額はわたしの1ヶ月の給料と同じです。もったいなくて....』
この一言で私は自分が相手にしたことを恥じた。ああ何ていう事をしてしまったのだろう。
『張さん。あなたの立場を考えなくてごめんなさい。』
私は素直に謝ることしかできず、この場の雰囲気をどうしたら変えられるか困っていたら、張さんから一言。
『カキヌマサン 私は料理よりも現金の方がイイです。』!!!!
流石中国大陸! その後男同士で料理はおいしくいただきました。
勿論最後のお別れの日、張さんには別途、感謝のお礼をさせていただきました。
本来であれば、ここで話は終わるのですが、ここからが本題です。
『張さん。これからもこの副業は続けるの?』
『はい!日本語を生かして旅行代理店を作って日本人をたくさん呼びたいんです!儲けたいです。』
『あなたなら絶対できる。頑張って!また近いうちに北京へ遊びにくるからねー!』私は感極まって張さんをハグしてしまったのですが、張さんは照れくさそう。
その後、大好きな紫禁城目当てだけで北京を何回か訪問したけど、残念ながら張さんとはあっていなかった。 そして月日は流れ5年後。友人と会うために、待ち合わせ場所をニューオータニにしていた。 すこし早く着いたので、ロビーのコーヒーショップでお茶を飲んでいたときの事。
.......どっかで聞いたことのある声だ........   いやそんなことない........。
少し離れたテーブルで大きな声で打ち合わせをしている人達がいる。(中国人は昔から声がでかい人が多かったのか)どうもそれらしい.....やはりそうだ!    
『張さん!!』
『.......あっカキヌマサン!!』
そう彼は今や社長として旅行会社を立ち上げ、ビジネスとして自ら日本人客誘致のために来日していたのだった。
『張さん!おめでとう!やったねー。』
再会の確率を考えると因縁を感じた出来事でした。謝謝!









2016年4月23日土曜日

ぶれいくたいむ



アメリカの出来事④ (ワールドトレードセンターが.......。)

いま自分の書いたブログも100話近くになろうとしています。
最近ちょっと話題不足なので、初期のものであまり皆さんに読んでもらえず埋もれていたものを再投稿してみましたので、読んでやってください。
私もまだ若かったのですが、すでにハチャメチャはこの当時から変わっていなかったんだなーって。


若い時分から何回かアメリカには行く機会があって、そう、1ドルが250円という今では考えられない時代からのお付き合いなのですが.......。
でもそんなに何回も行っているのにこんな経験初めてで、今でも鮮明に覚えてるエピソードがあるんです。


それは2001年9月16日。そうアメリカの同時多発テロが発生してニューヨークのワールドトレードセンターが跡形も無くなってしまって1週間後の出来事。
別にこの日をわざと選んだ訳では無いけれど、ボストン郊外(マサチューセッツ州のガーデナー)という片田舎に住んでいる高齢の義理の母に会うために予定していたスケジュールで、先に皆んな待っている予定に。


何時も、シカゴで乗り換える時にアメリカの入国審査を受け、国内線に乗り継ぐけど、この日も覚悟はしてたけど案の定、審査前のこ長蛇の列。
まあ、事が事だけに当たり前。 でもどういう訳か、1列だけは並んでいる人数が異常に少ない。
車の渋滞や列んで待つ事の我慢できない私だけど、この日ばかりは一瞬戸惑ったんです。
黒人(決して差別ではないので勘弁してね)女性の審査官のところには行くな!(◎_◎;)
こんな言葉が頭をよぎったんです。  でもその列はこっちの5分の1もいない。
ついに私は誘惑に負けてしまった。

『目的は❓』
『観光』
『滞在何日❓』
『1週間 』
『滞在先は❓』
『友達の家』
『はい、住所書いて〜』
『????番地が分からないんだけど.....。』
実は番地まで覚えていなかった。書き用がない。
『場所もわからないのにどうやって行くの❓』
『友達がボストンの空港まで迎えに来ることになっているんだけど....』  

やり取りはこれだけ。勿論やり取りは英語。
ところがこの審査官、なんと私を許さなかった。私が挙動不審に見えたのか、別室へ行くことになってしまいましたー。
まあ、乗継まで2時間あるし、どんなかなーなんて能天気な気分も半分あり、係官の後に附いていく。
取り調べ待合室に到着すると、そこもごった煮状態。
やはりイスラム系が大半。アジア人は私以外にいない。
10分位そこで待たされて人様が調べを受ける状態を目の当たりにしたけど,TVでよく見る紳士的なものと違って、当時はまさにアメリカ自体がショック状態。取り調べ係官も、口汚く相手を罵ることをはばからない。

私は決めたた。
そうだ❗️言葉がわからない素振りをしようっと❗️
『手荷物見せなさい』 この後、生年月日から始まって色々質問されたけど、WATASHI WAKARIMASEN。を貫いた。 ウンこれでいけるかも。 という時に、別な係官が入室してきた。
以後の言葉をそのまま直訳すると。
同僚に
『こいつどうした❓』
『なんか友達に会いに来たみたいなんだけど、言葉もよくわかんないし、、、』
パスポートを見て
『こんな時にジャップがよく来れたなー❗️』
この一言を聞いてプッツン。思わず相手を睨んでしまった。 クウーしまった!.......。
『こいつ言葉がわかってるじゃないかー ❗️』
作戦失敗。後は罵詈雑言、パワハラの雨あられ。挙げ句の果てに胸ぐらを掴まれた。
ここまで行ってしまうと、あとは野となれ山となれ!胸倉をつかまれた手をとっさに目いっぱいの力で叩き落としてしまった。

このあと私が叫んだ事で覚えているのは、
『拘束している理由を言え!』
『弁護士を呼べー!』
という事と、
『好んでアメリカに来たのではない、直ぐさま日本への送還手続きを取れー。だれがアメリカなんぞに上陸するかー❗️』くらいだった。

そしてはやくも2時間が経過する。 ここでふと背後を見ると、航空会社の係員がガラス越しに心配している様子。
 アッ❗️  ボストンへのフライト時間が迫っている。もし解放されてもシカゴ空港はひろいので間に合わせるために、係員を待機させてくれたのだ。

私を担当していた係官はというと、別な部屋で上司と思われる人と、私の事を相談してい
るのが見える。
ああ時間切れだー......いよいよ日本に帰る覚悟をしたときに
『どうぞ行きなさい。』くらいだった。
 呆気に捉われる暇なく、航空会社の係員とあの馬鹿でかいシカゴ空港をモーレツダッシュ。
それでも5分位、飛行機を遅延させてしまった。
よくフライトに遅れて乗ってくる人が良くいるが、私がそれをしてしまったのはこれが初めて。
みなさんごめんなさい。
当時もこの天井のデコレーションはあった。
そして、日本に帰国してしばらくたってから分かったことだが、 それは犯人のうちの1人のアメリカでの行動ルートにあったのがわかった。
テロリストの移動ルートと私のフライトルート、シカゴーボストンーフロリダーシカゴこのルートと同じであったこと。

このときの教訓。

 皆さーん うそついたらだめですよ〜。つかまりますよ〜。







2016年4月21日木曜日

モルディブの出来事②



飛行場の島(マーレ)への定期送迎は1週間に1回。だから次はチェックアウトの時までお迎えは来ません。  旅に出て寛ぐのが目的で出かける人も多いと思う。大小何千個か忘れてしまったけど、本当に南海の楽園。でも難解な楽園になろうとは....。 
そんなチェックインのトラブルもあったせいで、お昼ねタイムを奪われ、早く晩飯をたべて寝るしかないと思いその日は何時に寝たかも覚えていない有様....わかりますよねー。
でも、翌日は現地時間の7時に起きたことは覚えているんです!.....。だって起されたんですから。
『トントントン』 ドアの音です。 だれじゃ...こんな朝早く......(うちのパートナーもまだ寝ています。). ドアを開けてみると、昨日の例の子です。
『かぬまさーん ダイビングにいきませーん?』 この時私はすげーって思いましたね。
昨日のお礼、とかお詫びとか言うのであればまだしも、そんな言葉もなしにいきなり、朝の7時にカップルの部屋のドアを叩いて、その片割れをお誘いするなんて.....。私もハチャメチャだけど....
『悪いけど、私らダイビングに来たわけじゃないから.....』 ってお引取りいただいたんだけど、その日の朝食、確か10時近かったかなー。彼女がいなかったのでたぶんダイビングでも行ったのかなー位にしか思っていなかった。私はお気に入りの1冊を読むためにビーチでころころ。一方パートナーは島探検。(いつものように誰かとおしゃべりでもしてるんだろーと思っていた。) 少したって、パートナーが戻ってきた。
『今ね。オーストラリア人のホテルダイビングインストラクターと話してきたんだけど...』
『何を?』
『彼、すごい怒ってる。』
『あんた何か言ったの?』
『違う。例の女の子のことで.....』
『ダイビングツアーで彼女乗り込んできて出航したんだけど、別のゲストのボンベについているゲージを壊してしまって、その人が潜れなくなってしまったんですって-。インストラクターは船にとどまる様言ったけど言葉が通じないし、ゲストからは文句言われるし、さんざんだったみたい。』
『そんなこと言われても、おれ知らないもん!』ってな具合。たぶん日本人が......。って言われてんだろうなー。      この日はどういう訳か私の誕生日。私自身は全く忘れていたが、パートナーが小細工をしたのでよく覚えている。 ディナータイムのひと時、他愛もない会話、他にも日本人のカップルも見受けられる。みんな頑張ってこんな遠くまで来てるんだー。 あれあの子は? 隅っこの席で黙々と食べている。 やはり一人はさびしいかも....。
海外へ出かけると日本人を除いてよく食事が一通り終わった時に、飲み物を持っておしゃべりグループができてしまう。こんな事が起きるんです。海外旅行の醍醐味でもあるけど、日本人には慣れていないかも。 この日の誕生日はまさにグループというか、他の日本人のカップルもそれ以外の国籍の人も一塊になってしまった感じ。バースデーケーキが近づくまで、まさか自分と思っていなかった。あらー! みんながしてくれるハピバースデーの合唱を久々に感激してきいてました。
そんな時にパートナーが.....
『あの隅っこで食事している彼女、呼んであげたらー?可愛そうじゃない?』
『うん、そうしよう!呼んであげよう。』


『渋谷さん、私たちと一緒にどう?』


『いえ、私は結構です!』


その後の彼女については関わらないことにした。
無事に帰ったかも記憶にない。


今後の掲載予定は
エジプトの出来事 (JALパックさん ごめんなさい)
アメリカの出来事 (急がば回れ)
香港の出来事   (スター誕生)
の予定です。楽しみにしてください。




 

2016年4月20日水曜日

モルディブの出来事①

今でもダイビング好きにはたまらないモルディブ。勿論、リゾートとしても今も多くの若い人に人気なとこですよねー。今はスリランカ航空が就航しているから結構快適にいけると思うんだけど、昔はそりゃ大変!エアランカ航空(今は無い!)しょぼい飛行機で成田-バンコク-スリランカ-マーレー(モルディブ共和国)というルート。ドアtoドアで22時間もの長旅。そして最後のとどめはマーレーから目指すリゾートアイランドまでモーターボートで飛ばしても長いとこで4時間もの船旅。こんな大旅行の中でハプニングが起きたのであります!。私が目指したのはモルディブ環礁の最南端に位置するリゾート。あの海の青さが写真以上にきれいなところです。こんなところを目指し出発!。
何せ異常ーに長いフライト。ずっと座っているわけにも行かず、飛行機の中でお散歩。するとどうしたことでしょう!ほんの先程まで接客していたキャビンアテンダントが床にカーペットを敷き、お祈りタイムが始まってしまいました。(イスラム) この間は接客中止! 今は無いでしょうがこの姿はフライト中、数回にわたりお祈りを見てましたけど、まさかパイロットもやってんじゃねーかー?と心配になった事を覚えています。確かこの当時はフライトとリゾートを旅行エージェントから購入。ただし添乗員も現地案内員もおらず、勝手に行って勝手に帰って来い。こんな感じでした。今のルールと違い、途中自分の荷物の確認などもしなければならないような、海外初めて組にはチョー難関パッケージ。
それでも最終フライトを終え、飛行場から船着場。そして目的のリゾートの名が書いてある看板を目指し無事乗船とあいなり、波も穏やか、4時間掛け無事到着......。チェックインを済ませ、即ベッドにダイビング。爆睡状態に入ろうとおもったらー。『トントン、トントン』ドアノックの音。くっそー!起こしやがって!寝起きは機嫌が悪いんだぞー! 『大変申し訳ないのですが、どうかフロントまで来て助けていただけませんか?日本人の方ですよねー?』 日本人と聞いた時にイヤーな予感がしたけど半分寝ぼけたまま出動.....。フロントの前に半分泣き顔の日本人の女の子が.....。
『どうしたの?』 
『私わからないんです....。』
わからないって、あんたがわからなけりゃ、みんなわかんないでしょーに.....。答えはスタッフに聞いたほうが早かった。
『この方の予約が無くて、説明をしているんですが言葉も通じないんです!』
『渋谷さん(仮称)、あなたが予約した際の紙持ってる?』 
『はい、あります! これ.....。』
『フムフム近畿日本ツーリスト 渋谷支店..............エっ!渋谷さん!この予約はこのリゾートじゃないよー! 北環礁の真逆だよー! なんで間違っちゃったのー?』
『だって日本人の後ついていけば間違いないと思って....。』 みんな同じところに行く訳無いでしょ!ったくー。  


このあとフロントと交渉合戦。 
空き部屋はある?よしっ!。 
お金が間違いなく貰えればいいんでしょ?よしっ!
近畿日本ツーリストの渋谷支店まで国際電話!(電話代は渋谷さん、あんた持ちなさいよー!)
結果業者からホテル口座への送金確約。
ふーっ。 お疲れ様でしたー。っていうことで全て完了?。


女の子の一人旅もいいけど、度胸だけではねー。  
実はこの渋谷さんが、この私でさえも足元にも及ばないハチャメチャ振りを繰り広げます。
(このストーリーはすべて事実にもとづいていまーす。!)
モルディブの出来事②へつづく

フリートーク(お久しぶりー!)

久々に友人と会いました。元気で仕事に励んでいる様子で安心。あっという間の楽しい時間でした。昔話に花がなんとか....め例えもあるけどお互い歳を重ねてしまった訳ですねー。 今回は銀座でのディナー。 今銀座には安くておいしい店が結構ありますよ!『パリのワイン食堂』お勧めします。っていう訳で銀座の店に着く前にまた寄り道。お土産と自分のものを買うために、佃の佃煮屋さんに寄っていました。今の住まいは千葉県の九十九里。海も近くいいとこですが、
『文政年間に作られた獅子頭』
私の生まれはこの佃エリアなんです。昔、佃の渡し舟で遊んでよく叱られていましたといってもわからない人のために“月島のもんじゃ”って言うとわかりますかねー?どうしても生まれ育った味は忘れられませんねー。 あっ!そういえば某放送局のあさドラも深川、木場に話が変わってきましたねー。楽しみです。何せ歴史がある町です。はっきり言うと上品ではありません。下品に近いかも。でもまっとーです。曲がったことがきらいで飾らないんです。いいとこですよー。
佃煮屋のご主人。おまけしてくれてありがとう!

2016年4月18日月曜日

バリの出来事②

今日はストーリー②の前にタイで買ったお土産を見てほしかったので載せてみます。

上が本物、下偽物。当然ながらヤナセ様にはおこられそうなので見せられません。
はじめ露店をぶらついていて、何か見覚えのあるものが目に止まった。あれー?何で鍵が?
兄ちゃんに『なんじゃコレ?』というと『ライターだよ!ライター!』よく見ると先っぽにかすかな線が..
寸部違わない造りに感激。言い値の100バーツで購入。私も物好きだけど、作るほうも物好きだねー。あっぱれ!。
っていうことで、今日はバリの続きパート②へ参ります。例のスッポンポンのおやじはJTBのツアー組みだったので翌日無事出国?。私らはホテル内のどこへ行ってもその話でスタッフから質問攻め。こんな状況だったので、ホテルの運転手つきのリムジンで“べサキ寺院”へ。
ところがこの日は、何とこの寺院の例大祭。この寺院は結構日本人も観光で知ってると思うけど、ヒンドゥーの聖地だから混み方が半端無い。小一時間渋滞にハマッテいても動くこと100M程度しか進まない。こりゃだめだ!ホテルへかーえろっと。ということで帰路へ。その車中パートナーがこんな事をつぶやいた。『ヘリコプターだったら渋滞関係ないのにね......。』 部屋に帰って10分もたたないうち、コンシェルジェから『ヘリコプターのお手配ができますが、如何致しましょうか?』はーっ?
日本の金持ちと桁違いの人達も多く泊まるホテルは違うーっ!。 またの機会にということで丁重にお断りさせていただきましたです。はいっ。 でもこの状態はコレでは終わらなかった。 今回のチン事件のお詫びで、スケジュールが許せば延泊してほしいとのお誘いがあった。 ツアーでないので勿論即、イェス! 待てよーフライトが.....。って考えている間に、『フライトチケットは手配いたしますのでご安心を』。 こんな事絶対日本企業ではありえましぇーん。 こんな状態で余分に滞在しているとパートナーがまた何かフロントと企んできたらしい。
『今日は別の広い部屋が空いたので使っていいんですって!荷物は全部動かしてくれるみたい!』 移った部屋は200平米を優に超える2ベッドルーム。プライベートプールも25mそのもの。
専属バトラーの控え室つきという別世界! 『まあ空いてるんだったら、有難く..』 いつもの№18も結構広いけど逆に広すぎるとねー。慣れてないって怖いでしょ!。 『こんなに広いリビングならバリ舞踊のダンスがここでできるかも?』たまたまフロンとの人と部屋でこの冗談を言ったら最後、『お時間はいつに致しましょ?。それとせっかくですから他のお部屋のお客様にもお声掛けしてもよろしいでしょうか?カクテルやお料理はホテルからサービスさせていただきます!』 私にしたら全てが未体験ゾーン。旅を終えるまでの1週間、夢を見させていただきました。

そして最近、フォーシーズンズ所有のプライベートジェットで世界1週というホームページを見ました。どんなお客様の要望にも、ここへ行きたい、この観光地が見たいなどジェットを貸し切って自由な旅ができる。というものでした。 ああ、こういう会社なんだと....。
次回はモルディブです。


2016年4月17日日曜日

バリの出来事①

帰国してすぐに投稿しようと思ったんだけど、九州の件があったので少し遠慮しました。
またいつものように投稿していきますので、よろしく。  ということで----


やっと帰ってまいりましたー。 でも成田に着いたら寒い!さむすぎー。 今回は汚れ物をを現地で毎日ちゃんとお洗濯してましたから、帰国してから一切なし!爆睡してました。週末は何もするつもりもないのですが、週明けにまた、ある人と会食するのを楽しみにしています。


実はこの人との出会いはもう20年も前のことになるでしょうか? インドネシアのバリ島にあるフォーシーズンズ、サヤン  ウブドでの出会いからでした。
確かに高級リゾートで世界的にも有名なホテルチェーンですけど、このホテルで実は前代未聞の事故というか、事件が発生!(当時のスタッフが言ったので間違いない。)その当事者というか被害者としてその後、私のリストがVIP顧客扱いに登録される事態に.....。 もう時効だから書いてもいいかなー?  今でこそ旅行手配はエージェントにお願いしてるでしょ?私はいつも現地ダイレクト。それは一部屋いくらだから...。業者扱いだと、パッケージでお一人様いくら。値段の差は歴然。そんなことでいつものように予約。勿論泊まるビラも一番川沿いに近いNo,18と決まってました。『Kakinuma-san Welcome Home!』という嬉しい出迎えの言葉とともに、即リラックス状態。そして到着当日夜の午前0時を回ったころでした。ビラの玄関ドアを誰かがノックしてるんです。それもちょっと遠慮気味に....。コツン...コツン....。リゾート自体のセキュリティーに不安はなかったけど、こんな時間に何事?って感じで用心しながら少しドアを開けてみると、どう見ても日本人の男性が立っている。 ドアをあけて『こんな時間にどうしました?』と聞こうと思った瞬間!下半身を露出した男が.....。私自身もこれには唖然。相手の頭を羽交い絞めにして引きずり込み取り押さえたところで、うちのパートナーも気づきセキュリティーに連絡する事態に。シュワちゃんみたいなセキュリティーも駆けつけ、この不埒ものを引き渡すつもりが......。
『待てよ、このまま引き渡したらインドネシア警察に逮捕されこの日本人はもしかしたら帰国できなくなってしまうかも....』 セキュリティーに少し待ってもらい、逆に警察に引き渡すのは勘弁してもらうことに。ただし同じ日本人として翌朝、マネジャーと私と相手の3人で話す席を設けてほしいことを伝え、今夜はこの日本人を部屋に戻してあげることで了解してもらった。 翌朝、話し合いの個室前に心配そうな女性の姿。聞けば奥様。それも今回ハネムーン! なんてこったい! 酔っ払った挙句、よくすっぽんぽんになる癖があるとかないとか.....。ただの露出狂じゃないか。旦那に説教すること1時間。疲れましたーっ。うちの部屋だったからあなたは逮捕されずにすんだんだぞー!
最後にその旦那の一言『またこのホテルに来れますかねー?』......。


この事件のおかげ?で事は意外な方向へさらに展開していくのです。  バリの出来事②でまた。





2016年4月16日土曜日

がんばれ九州!          

帰国してすぐ地震のニュース。自然災害といえば、阿蘇や桜島、雲仙の火山くらいしかあまりなかったような...。東日本の震災の時も、この千葉の私が住むエリアも被災地認定され、ライフラインが途絶え、自衛隊のお兄さんたちが水など持って来てくれたことが、つい昨日のように思い出されたけど、やはりそれから後が大変だった....。
住まいがマンションの14階なので.....。もう室内は壊滅状態。一通り片付けるのに3-4ヶ月かかった。地べたに近いほうは震度6。でも最上階になると震度7状態。ものが飛ぶのが納得してしまうくらい。 何も手助けできないけど、おたがい励ましてがんばってほしい。!

2016年4月13日水曜日

さようなら〜

今回はハワイをスタートに、バンコックーホーチミンーパタヤと、かなり長期間に渡ってでかけてきました。長年のストレスがやっとこさ取れた様な感じです。
別に贅沢ではないけど、この歳になると残念ながらエコノミーに乗る気がしません。というか多分身体に異変が起きてしまうかも。出掛けて疲れるくらいなら家のベランダにある露天風呂でも入りながら読書三昧に徹してますうー。
知っ得情報。タイ国際航空のビジネスラウンジも、ゆったりくつろげますが、搭乗前にマッサージを無料で出来ます。以外と知られていないので、おしらせしておきます。
では、しゅっぱーつ❗️

もうビチョビチョでございますう〜。

パタヤ最後の晩ごはんと夕陽のスナップを撮りに、バイクで海まで、、と言っても2、3分の距離だけどチョットお出かけ。海に抜ける迄、風俗のお姉さまがたくさんおいでになる通りを抜けてくけど、何かしら何時もと違い変な雰囲気❗️


  水鉄砲でビューー。バケツでザバー。もうめちゃくちゃ。せっかくシャワー浴びたのに、もう1回なんて、『聞いてねーぞー!(◎_◎;)』 ソンクラーン、旧正月の恒例の大人の水かけっこ遊びみたいな感じ。でもね〜、場所柄がよろしくないところなので、オネー様のウオータープルーフでない厚化粧が水かけで崩れてもう ゾンビ状態。じつにオドロオドロしく怖いのであります。中にはオッパイポローンしちゃう❗️オネー様なのかオニー様まで。家族ずれはお父様だけお出かけあれ。くれぐれも反撃用に水鉄砲の購入もわすれずにね❗️
ってことでパタヤ最後の夕陽をぱちり。


2016年4月12日火曜日

ババアは強し、コンシェルジュと夜遊びです。

滞在中は大半の夜遊びは経験してるけど、来るときはいつも1人なのでさすがにニューハーフのショウは見に行った事がなかった。別に見たいとも思はなかったしー。
いつもの様にコンシェルジュの若いお兄ちゃん〔と言っても私からしたら皆んな若くなってしまう〕とだべっていてそTiffanyのショウの話が。話を聞くとこの兄ちゃん、なんとそこのオーディションを受けたことがあったけど、落ちちゃったとのこと。てことで、
夜な夜な一緒に見にいくことに。ひまだよね〜。女性客ウジャウジャ状態。それもSo So many Chinese.Korean.日本人と思しき影はいくらもいない様に感じる。別に差別ではないけど、やっぱりうっさい。 お決まりの写真撮影はだめの案内がありということでショーの始まりです。   ところがところが何人か写真撮影をしている婆ーさんが。なかなか止めない。 それもフラッシュ焚いてバチバチ。ババアの行動パターンは世界共通なのだ。     するとその婆ーさんの顔めがけて懐中電灯でピカピカ❗️ 止めなさい❗️ヤッター 。ざまー見晒せ。
ってな具合でショーがスタート。  このショウの出演者と見ている観客を比較するのは止めといて。じつにSo beautiful!なショウタイムでこざいました。

ニャンコよおまえも暑いか❓

昼下がり。ちょい遅い昼食を食べに行きつけの食堂へ。イカのカレー風味炒めを注文。丁度イイ辛さ。でもジワー程度には汗が出てくる。そういえば日本のお天気情報をみるとまだまだ寒い様子。タイでは毎日が37〜8度。暑いわけだ。人間もそうだけど動物も同じ。
涼しい方法をチャンと知っている。前にコンビニの玄関先で腹ばいになっている犬を見かけたけど、なんとこのニャンコも同じスタイル。お腹を冷たいコンクリートに押し付けた感じ。 なんともユーモラス。


2016年4月11日月曜日

そろそろ終盤。

THAIの旅も残り3日。あっという間に終わってしまう。それにしても早過ぎ。
きのうのランチは、イイ加減タイ料理にも飽きてきたので、セントラルにある「OISHI」
大石という名前なのかおいしいという意味なのかはわからないけど食べに行ってきた。
日本食をビュッフェスタイルで提供している店。大人1人が599バーツなので現地では高いけれどブームなのか結構盛況。味はどーって事もないけど。疲れたらオススメ。
食後は散歩がてら買い物に行ってジャンク品漁り。

まず買ったのは、オーデコロン。全て男性用。勿論自分の為にね。 何と1個100バーツ。
でもね、Buy10 Get1Free.  チョットハードルが高い。流石に10個は買わなかったけど。

アニマル柄小銭入れ 1個50バーツ。色々買って850バーツ。いざ清算。ところが750バーツだって。おまけしてくれたのかなー。って思ったら、店番のちっちゃい女の子が
おねーちゃん間違ってるよ❗️の一言でばれる。さすがに小物でプレセントしてくれたけど。    しっかりしてるねー。



2016年4月9日土曜日

ああやっぱり…😅

イイ加減髪も、もさついてきたので美容室にいってきた。
200バーツ。
「どの様にする❓」「うん、周りを少しだけ」しばらくして出来上がった。周りがきれいに無くなっていた。今のタイの流行りはこういう事なのね〜。😅
髪もさっぱりしたので、パタヤ北部の岬の突端にサンクチュアリー オブ トウルースという巨大な木造建築を見にお出かけ。
一個人の金持ちのおっさんが私財を投じて未だ建築中。何でも完成は15年後をめざしているとか?セントラルからだとバイクで15分位。使用している材料もチークで大工さんグループ、彫刻グループに分かれあの暑い中作業している。未完なんだけれども迫力はバツグン。アジアのサクラダファミリアと言われているそうな。
入場料は500バーツで高めながらもオススメ。何て観光雑誌もどきに書いてみたけど、ここの事は地元の人は以外と知らない。意外や意外。






2016年4月8日金曜日

嫌な1日、されど1日。

元役員をしていたグループ会社から携帯に連絡が入ってきた。辞めた訳だからどうでもとは思うが一気に現実社会へ引き戻された様で何ともやるせない。既に海外に居るのを知らないのでしょう。電話してもイイぞー❗️その代わり国際電話になってるぞー。マア会社支払だからいいっか〜。しらないよ〜❗️    この後気分転換を兼ねてセントラルパタヤ迄歩きに出た。日本の新聞を置いてある店があるので、買ってこようーっと。
30分掛かった。遠い。挙句日本の新聞はソルドアウト。明日から毎日買うと予約して帰る。この時点でたっぷり汗もかいたのでブラックのアイスコーヒーでも飲もうとハンバーガーショップへ。Ice coffeeと言ったらソフトクリームを渡された。😅結果両方買ってあげたけど。ナンジャコリャ状態。滞在元へ到着すると、もうヘロヘロ。 我慢出来ずにコンシェルジェへ「バイクを貸してくれ〜。」でレンタルバイク屋まで案内して貰い借りることに。1日200バーツ(600円)で4日。満タン返し。 ここの店はレストランもやっていたので遅い昼飯を食べようと思いメニューをみたら食べたいものがない。エビの辛口サラダを食いてー❗️「プラー クン」て言ったら何ていうことはない作ってくれた。ポップンカッ❗️

2016年4月7日木曜日

皆んな暑い!(◎_◎;)

Thaiには珍しく、毛足の長いイヌです。 もうたまらんって言う感じそのもの。
コンビニのドアが開くたびに冷気が出てくる事を知っていて、占領している。


2016年4月6日水曜日

今度はタイですから。

今回もアチコチ回って居ますけど、どうしても遊び癖がついているもんですみません。
会社にいたころは年に1、2回Pattayaに来てました。やはりTHAIはフレンドリーなところがすきでおまっ。いつもはセントラルにあるバラクーダというところに滞在していたのですが、一時期より中国大陸から大挙してのご宿泊が増えてからなんか静かでないのです。
本当に集団になると声がデカイ。  まあ日本人も同じようなもんか。 ゲイにもフレンドリーなというか寛容なお国らしく、このバラクーダホテルには、実は私のお気に入りの「オカマちゃん」がいました。本当であれば今年あたりは本当の女性になっているかも。
と言うのも毎年毎年近ずいていましたから。よく私に「何でパートナーと来ないの❓1人で来ちゃだめだめ」って怒られていたのですが。  スミマセン。
ちゅうことで、今回滞在するところは@マインドレジデンスという本来分譲マンションなのでしょうが、空いている処を貸しているような感じ。
日本の相場からしたらそれはもう安くて!(◎_◎;)嬉しいです。80平米位有るのでユッタリ。





サヨナラベトナム❗️

ホテルから20分程で空港到着。勿論暑かったー。でも湿度がそんなに気にならなかったので日中のどピーカンをの除いて水分補給をしっかりすればって感じ。やっとホテルのオニーチャン達ともジョークをいえるようになったのに。
この注意書きは一体何でしょうか❓
実は出発前にホテルロビーでやらかしてしまいました。

椅子代わりに座るの丁度いい高さだったので座っていたら注意されてしまった。
その内容の注意書きを読んで見ると、要貴重な価値のある樹なのでこの上座んなって事でした。Sorry.





2016年4月5日火曜日

今日の何じゃコレ!(◎_◎;)

珍しく結構毎日歩き回っているので、柄にも無くかかとが出来上がってきました。元々扁平足で足の裏はヘニャヘニャ。それが毎日歩き回って固くなって普通になってる。変ですね〜。そこで軽石をベトナムの人が使っているかどうかは別にして、探してきました。
一個10,000ベトナムドンですから、50円程度。安いです。 それにしても使い方が不思議❓
普通少し水につけてこするじゃないですか。そしてなかなかかるいしも減らないのですが、これは水に触れるとクレンザー状態。使い方が違うのでしょうね、きっと。
さて、そろそろベトナムとも明日でお別れ。


今日はさいごにサイゴ  😅ン川の流れをどうぞ。